大注目の『横浜大さん橋』撮影について!洋装1点プラン82,000円コミコミです!
いつも華雅苑横浜店のブログをご覧いただきありがとうございます
今回は、今大注目の『横浜大さん橋』ロケーション撮影についてご案内いたします
◇大さん橋で撮影ができるプランです!!◇
☆☆↓↓6月12日~9月10日までの撮影のお得なロケ撮プラン情報↓↓☆☆
◇すべてのプランに撮影申請料・送迎料・衣装差額無しが含まれています◇
最注目!!☆☆和洋2点プラン☆☆130,000円 レタッチ済みデータ180カット
◇撮影場所:三渓園&スタジオ or 大さん橋&スタジオ
※土日祝日料金追加11,000円※大さん橋撮影は平日のみ
☆☆和洋2点プラン三渓園&大さん橋☆☆145,000円 レタッチ済みデータ180カット
※平日のみのご案内です。
☆☆洋装1点プラン大さん橋ロケ☆☆82,000円レタッチ済みデータ100カット
※平日のみのご案内です


今、横浜でウェディングフォトをするカップルに大変注目されている撮影スポットの一つです!!
みなとみらいを一望できる大さん橋2階の『クジラの背中』から素晴らしい景色を背景に撮影がかないます!
大きな魅力はやはり『ナイト撮影』ができること!!ですね
ここ、2・3年ほど前から洋装のナイト撮影が注目されていて、
東京駅(大手町)周辺でもたくさんのナイト撮影が行われています
横浜では『横浜大さん橋』でのナイト撮影がウェディングフォトのナイト撮影スポットとして注目されています!!
ナイトロケ撮影ができる場所は関東でもかなり少ないので、
『横浜大さん橋』と東京駅(大手町)周辺は今では、ナイトロケーションの注目2大スポットと言えますね!!
また、ナイト撮影だけでなく、日中の撮影も大変魅力があります!
日中・薄暮・ナイトと、どの時間帯で撮影をするのかも重要なポイントです!!
華雅苑横浜店では、『大桟橋:日中撮影』と『大桟橋:薄暮~ナイト撮影』の2つの時間帯でご案内しています。
ご希望の時間帯をしっかりご検討ください!!
【横浜大さん橋ナイトロケーションの魅力】≪Twilight~Night≫
華雅苑横浜店では大さん橋ナイト撮影は、薄暮から撮影が開始されていきます
みなとみらい方向に沈む夕日をバックに行われる撮影は、
時間と共に刻々と光の表情を変えて、魔法にかけられたように写真を表現してくれます
ナイトの時間帯も大変魅力的ですが、大さん橋ロケーション撮影の大きな特徴はこの約30分間の薄暮の時間帯かもしれませんね
そして、薄暮の時間が過ぎると、みなとみらいの夜景を背景にナイト撮影に移ります
横浜大さん橋から望むみなとみらいの夜景は大変すばらしく、
ランドマークタワーや、レインボーに輝く観覧車のイルミネーションがまるでキラキラの宝石をちりばめたような夜景が広がります。
新郎新婦の背後からライトをあてて、ロマンチックな撮影体験ができます!!
【横浜大さん橋デイロケーション撮影の魅力】≪日中撮影≫
大さん橋撮影は日中の撮影も大変魅力的です!
まずは、日中撮影は明るいので、海がしっかり撮影できます!!
ナイト撮影では暗くて見えなくなってしまうので、海の表現はほぼなくなります
また、赤レンガ倉庫や、象の鼻公園の緑など、みなとみらいの景色をしっかりとカメラに閉じ込めることができます。
なにより、天気が良ければ、一面の青空と撮影ができるのが日中大さん橋撮影の魅力の一つでもあります!
壮大な青空と、みなとみらい一望とともにお二人の思い出の一枚を残していただくことができます!!
【大型客船を背景に撮影できるかも!】
そもそも大さん橋は横浜港大さん橋ふ頭及び横浜港大さん橋国際客船ターミナルにより構成され、横浜港における国内および外国航路の客船の主要発着埠頭です。
19080年代には、大型客船を停泊させるために現在の大さん橋に改修工事されています。
ですので、大型客船が桟橋に停泊していることがあり、通常のみなとみらいを背景にした撮影にプラス、大型客船を背景にした写真も運がよければ同時に撮影できる場合があります!!


華雅苑横浜店のプランはこちら
華雅苑横浜店のフォトギャラリーはコチラ
ご相談会予約はコチラ
撮影の空き状況のご確認はコチラ
お問い合わせはコチラ
資料請求はコチラ
華雅苑横浜店のトップページはコチラ
≪華雅苑横浜店の想い・願い≫
シンプルで、おしゃれで、可愛いく、お二人らしい写真撮影を結婚式当日と同じくらい幸せな気持ちで楽しんでもらいたい!!
華美になりすぎずシンプルでいい、その時代の洗練された雰囲気が感じられるように、
幸せな笑顔でいてほしい、お二人らしさを添えていきたい…
絆やつながりをいつも感じながら撮影をしています。
ウェディングの記念撮影は、自分たちのための結婚の記念であり記録の写真撮影
その写真を見て幸せになれる人がいる。嬉しい人がいる。
絆とつながりを持っている人、両親・家族・友人たち
だから、背景が主役になることはない、シンプルでいい。
絆を持っている人たちに、お二人の幸せの瞬間を見せてあげたい
結婚式当日とまったく同じ状況にはならないけど
結婚する幸せな気持ちの笑顔を残して見てもらいたい
絆やつながりのある人に伝わる自分たちらしさを添えて
そんな幸せな笑顔をスマホの中でも、写真立てでもいいから、そばに置いといてほしい。
≪華雅苑横浜店のプラン≫
☆☆わかりやすくて、安心してご利用いただけること☆☆
華雅苑横浜店の撮影場所のメインは、
『三渓園』・『大さん橋』・『店内スタジオ』の3つのみです
この3か所以外はあえて大きくは出していません
撮影場所が変わることによる料金の変更をなくすためです
また、写真データもレタッチ済データが80カット以上は必ず含まれます。
撮りっぱなしのデータをいくらもらってもしょうがないし、
写真データ様々なシーンでご利用できるので、1枚だけもらってもさみしいですよね。
華雅苑横浜店は最初にご提示している料金から金額が上がることなくご利用いただけることが、お二人が安心して撮影をご利用いただくために大切だと考えています。
プランで表記されている内容と価格がお二人にきちんと伝わるから
電話の予約のみで撮影当日ご来店になっても、料金の変更なくお二人が考えていた通りの撮影ができます。
プラン価格は、私たちが儲けるための価格表示ではなく、お二人のやりたいことに対する料金をきちんと伝えるための料金提示で、後から金額の変更が無いように写真商品も含めてあります。
衣装も店舗内にあるものすべての中から選んでいただくことができます。
和装の掛下を選んでいただいてもご料金は変わりません。
好きな衣装を選ぶことにより金額が変更になるのもお二人に不信感をあたえてしまいかねないと考えています。
プラン内の内容をもっともっと充実したものにして表示価格以上の価値を感じて頂けるようにしたいと努力しています。
表示価格に嘘が無いようにしたい。
【華雅苑横浜店のヘアメイクスタッフ】
華雅苑横浜店の接客サービスの『やさしさ』を象徴するメンバーです。
また、華雅苑横浜店のヘアメイク着付けスタッフは撮影をする花嫁にとって、
頼れる一番のサポーターとなり、カメラマン以上に重要な役割をはたします。
まずは、ヘアメイク施術。
結婚式の本番ヘアメイクを経験しているスタイリストが今の流行を取り入れたヘアメイクを花嫁とご相談しながら仕上げていきます。
また、髪飾りもプラン内に含まれていますので、今を表現する髪飾りもしっかりとご準備をしてあります。
そして必ず、ヘアメイクをしたスタッフが撮影中お二人にアテンドしますので、細かな乱れも注意深くなおしてくれます。
また、いつもロケーション先に出向いているのでカメラマンと同様に撮影ロケ地についてよく知っています。
花嫁のヘアメイク中にどんな写真を撮影したいのか、どんな雰囲気の中で撮影したいのか細かく引き出してくれて、花嫁に代わってカメラマンに伝えてくれます。
ご来店からお帰りになるまでお二人にずっと寄り添っている、なにより大切な存在です。
また、和装のかつら高島田・綿帽子・角隠しや、引き振袖もできる着付け技術がしっかりした技術者です。
【華雅苑横浜店の衣装】
華雅苑横浜店の衣装に差額は発生いたしません
どの衣装を選んでいただいてもプラン内の料金でご利用いただけます
和装が50着以上・洋装30着以上をご用意しております
お気に入りのお衣装をお選びください。
撮影のお日にちが決まれば事前に衣装を選んでいただくことも可能です
撮影する日とは別日に衣装を選ぶお日にちを決めていただけますのでゆっくりと選んでください。
お忙しい方は当日衣装を選んでいただくこともできます
和装の色掛下を変更してコーディネートもできますので、季節に合わせて掛下や打掛を選んでいただくと自分らしさも出やすいですね。
【華雅苑横浜店のフォトグラファー】
『らしさを表現する』ことをとことん考えます。
お二人らしさ
横浜らしさ
ロケ地それぞれの特徴
撮影時の季節
昼・夕方・夜の時間
衣装の表現
ヘアメイクの表現
和装
洋装
天気
お二人とお話をしながら、撮影した写真データを何に使用するのか、誰に見てもらうのか、お二人のこだわり、挙式当日にどんなことをするのか、挙式当日の衣装は何を着るのか、などなど、お二人にとってのキーワードを探していきます
また、ヘアメイクスタッフとも相談しながら最適な撮影を目指して
前撮り撮影の集大成を様々な条件の組み合わせで作りあげていきます。
お二人との撮影を楽しみながら、幸せの笑顔を引き出して写真に残していきます
この写真の一枚一枚がお二人の家族も笑顔にすることを想像しながら
【華雅苑横浜店の接客】
華雅苑横浜店のすべてのスタッフがお客様にご来店いただけることを心よりお待ちしております。
ご来店いただけるすべてのお客様に『親切に』・『丁寧に』・『優しく』できるように努力しています。
お二人らしさを引き出すためには信頼関係が必要です。
価格提示の段階から、お二人に信頼されるように努めています
お二人の担当をするスタッフは美容スタッフもカメラマンも必ず名前を名乗ります
自分の仕事に責任を持つためであり、お二人に信頼していただくためです。
お二人の期待を超える価値を表現できるように、
お二人らしさを引き出すための要望に応えられるようにチャレンジをします
〖お二人の信頼を得られるように〗
〖お二人の期待を超えられるように〗
〖お二人の希望が叶うように〗
【華雅苑横浜店のスタジオ】
華雅苑横浜店のスタジオは時がたっても、色褪せないよう、お二人らしさを引き出せるように、シンプルにナチュラルな表現ができることを目指しています
華雅苑横浜店で考えて創りあげた店内スタジオは、自然光のような柔らかいライティングを実現し、様々なバリエーションを有しています
ブーケやガーランド等の撮影小物も多数ご用意があります、お持ち込みも可能です
季節のお花の小物やお二人ならではの思い出の品などで自分らしさをプラスできます
【家族とつながる写真を残したい】
お二人の写真を見て幸せになれる人のために
華雅苑横浜店で撮影した写真がお二人と家族の絆を深めるための一つになれるように
華雅苑横浜店はお二人の写真撮影にご両親さまやご家族の方も一緒に撮影していただいても構いません。お二のお子様がいらしてももちろんOKです。
家族と一緒にいる機会を増やしたい
家族が一緒にいる幸せの笑顔を残したい
【華雅苑横浜店のプロフェッショナル】
華雅苑横浜店におけるプロフェッショナルとは、突出した量の質の高い経験値を持っている事です
年間に1000組以上のお客様の撮影を10年以上行っており
華雅苑横浜店という組織の中でしっかりと引き継がれています
個人で年間1000組の撮影は不可能ですけども、
組織の中で多くのスタッフが経験した撮影は華雅苑横浜店の中においてすべてが経験値として残り、全てのスタッフに伝わってゆき積み重なります。
積み重なった経験は情報となりさらなる成長につながります
この経験値と情報は、最善の機材を揃え、撮影技術・美容着付け・接客術の専門性を高め、一瞬ごとの判断の精度を高めます。
【日本人らしい結婚式の伝統的形式を残していきたい】
現在の結婚式の7割以上が洋装スタイルでの結婚式を挙げているとされているようです
私たちは、日本人らしい伝統の和装の花嫁姿をこれからもしっかりと残して生きたと思います。
少しずつ形は変わっていくとは思いますが、正当なやり方で、きちんと和の花嫁の美しさが表現できるように、次の世代にも伝えられるようにしていきます。
【季節ごとのロケーションの表現】
ロケーション撮影は季節により雰囲気が常に変わり
それぞれの季節にしかない表情が残せるのが大きな魅力の一つです
どの季節がお二人に合うのか是非ご相談ください
◇↓↓1年の中でロケ撮の魅力を各月でご紹介します↓↓◇
1月⇒庭園内の観光客が少ない時期で撮影はしやすいです。松などの常緑樹を活かしながら、重要文化財や、和風な建築物を背景に撮影を行います。春に披露宴をされる方も多数ご利用されます
2月⇒松などの常緑樹を活かしながら、重要文化財や、和風な建築物を背景に撮影を行います。
梅の花が咲きだす頃です。
寒いですが天候安定していて澄んだ青空の撮影ができる確率が高いです。
3月⇒梅の花から3月前半には河津桜が咲き、3月後半には桜が咲き、春の訪れをかんじられる季節になります。
この桜の時期は半年前くらいから予約が埋まってきます。1か月前にはすでに予約でいっぱいという状況です!!
4月⇒たくさんの花が2週間間隔で咲いてきます。桜⇒菜の花⇒チューリップ等
そして新緑の若々しい明るい緑がお二人の写真を鮮やかにします!!
5月⇒気温が安定してロケーション撮影に最適のシーズンです。
外出して遊びに行きたくなる季節ですね。
新緑をいっぱいに浴びた安定した写真が撮影できるのが魅力です!!
5月後半には花菖蒲が咲きだします!
6月⇒アジサイ撮影のピークですね!
雨が降りやすい季節にはなりますが、番傘をさしながらの雨天撮影でも素敵に映える写真がのこせます。
気温も真夏よりはまだ大丈夫な感じですね。
7月~9月⇒夏撮影です!!
『サルスベリ』の花がピンクにきれいに咲きます。
青空撮影にはぴったりのシーズン!
秋に挙式をひかえる方がたくさんご利用になる季節で意外とお客様で混み合います!
洋装ロケ撮をご利用になるカップルも多いです!
スタジオ撮影との組み合わせなどで暑さ対策も考えてみてはいかがでしょうか?
10月⇒暑さも落ち着いてきて、外出が楽しみになる季節です。
少しずつ紅葉に向けて色付いてくる木々も出てきますね。
12月1月2月挙式の方のご利用も多い季節で、
注目の多い11月の紅葉前にロケ撮影をしてしまうカップルが多くご利用されます
注目の多いシーズンはご料金も高くなる傾向がありますね
11月⇒庭園和装ロケ撮影で最も注目される季節です♡
例年紅葉のピークは11月後半から12月中旬頃です。
この季節も半年前くらいから予約が入り1か月前にはご予約がいっぱいになります!
紅葉の観光客も多く大変込み合います。
あえてこのシーズンを避けて9月~10月に撮影される方も最近増えました
12月⇒紅葉がまだ残っているので12月25日くらいまではほぼいっぱいの状況になります。年末年始にご実家に帰省される前に撮影してご両親に見せてあげたい方のご利用が多く、春の挙式に間に合わせたいというお客様でご利用の多い時期です。
空気が澄んでいるのでイルミネーションがきれいでナイトロケーションも素敵な季節です!
【大さん橋の概要】
1894年(明治27年)に完成した鉄桟橋を前身として、「税関桟橋」「横浜桟橋」「山下町桟橋」等の様々な名称があったが、その後、「大桟橋」に落ち着きました。
その他、太平洋戦争後連合軍に接収されていた間は「サウスピア」と呼ばれ、明治の末頃から1970年頃までは「メリケン波止場」とも呼ばれていました。
前身施設は名実ともに桟橋でありましたが、2002年(平成14年)に完成した現在の大さん橋は構造的には桟橋ではなく岸壁で、平仮名混じりの「大さん橋」が正式な表記です。
横浜港大さん橋ふ頭及び横浜港大さん橋国際客船ターミナルにより構成され、横浜港における国内および外国航路の客船の主要発着埠頭です。
横浜港の象徴的存在であると同時に、横浜市や横浜港における主要観光地としても知られています。
日本郵船の子会社・郵船クルーズのクルーズ客船である「飛鳥II」は横浜港が船籍港(母港)で、大さん橋を拠点としています。また、横浜港周遊船である「ロイヤルウイング」や東海汽船による伊豆諸島への離島旅客航路も持っています。
【大さん橋の歴史】
横浜港は幕末の1859年(安政6年)に開港して以来、急増する貨物量に対し、イギリス波止場(後の「象の鼻」波止場と呼ばれる)やフランス波止場と呼ばれる艀荷役に必要な小規模の船溜まりこそあったものの、直接岸壁に接岸し荷役を行える施設がありませんjでした。
増加一途の貨物量は、艀荷役だけでは対応しきれなくなり、接岸荷役を可能にする近代埠頭の必要性が高まっていきました。
艀荷役は、慢性的な埠頭不足により、海上コンテナ輸送への質的転換まで長く続き、まずは近代国家に相応しい埠頭を建設することが当時の早急の課題とされました。
明治維新直後から井上馨大蔵大輔や、神奈川県知事からの要請により、1870年に工部省お雇い外国人の英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンによる横浜築港桟橋計画の提案や、1874年には内務省お雇い外国人オランダ人技師ファン・ドールンにより築港計画提案に至り、大隈重信大蔵卿からも接岸荷役体制に向けた築港計画が上申され、多くの要望がありましたが、実現できませんでした。また当時、既に東京港建設の機運があり、品川沖に築港する案もありましたが、横浜市からの反対や財政難により、これも実現しませんでした。
横浜開港から27年が経過した1886年になり、機運はいよいよ高まり、内務省からオランダ人技師デ・リーケへの設計要請や、神奈川県よりイギリス陸軍大佐であり技官であったヘンリー・スペンサー・パーマーへの設計要請となりました。しかし両者の設計案は、明治政府内でも議論が拮抗し、さらに政府内ではその上位案件として、東京港建設と横浜港建設のどちらを先行させるかといった議論が深まっていきました。
外務大臣になっていた大隈重信は、横浜港建設を強く進言し、さらにパーマーがイギリス帝国『タイムズ』記者を兼職して同紙上で日本を好意的に報道した実績や、不平等条約改正に向けた日英同盟への動きと相交じり、正式にパーマーの横浜港築港案が採択されました。さらに下関砲撃事件での賠償のうち、アメリカ合衆国へ支払った賠償金が、1883年にグラント大統領およびアメリカ合衆国議会承認より、日本への償還が承認されており、償還賠償金785,000ドルを充当させることで資金的目処も整いました。
この時期に横浜築港が正式決定されたことが、後年の横浜港や横浜市の発展に繋がる決定的瞬間であったともいえます。2013年の今から140年前に決まった横浜港の築港が横浜の発展に大きく寄与して、現在の横浜に至っているんですね。
こうして1889年に横浜築港第一期工事が始まり、接岸荷役が可能な埠頭の建設が始まりました。しかし基礎に必要な螺旋杭は、日本の工場からは供給できなかったため、大量の螺旋杭を輸入して建築されました。こうして1894年に現在の大さん橋の前身となる「鉄桟橋」が完成しました。鉄桟橋は陸地からの総延長738メートル、桟橋部分は457メートル、幅19.2メートルの当時の技術で最先端を行く近代埠頭でした。
鉄桟橋の完成を見たものの、横浜港の貨物取扱量は近代日本の急成長とともにさらに急増し、外航路客船はともかく、依然として艀荷役に依存せざるを得ない状況でした。これは貨物滞留や物流遅延を招き、横浜経済界からも更なる横浜港拡充の要請が強まっていきました。これが横浜築港第二期工事と繋がり、新港埠頭建設へと繋がっていったのです。
横浜築港第二期工事では「鉄桟橋」も拡張され幅42.8メートルとなり、2つの木造2層型上屋が新設され、低層部は貨物倉庫、上層部は旅客施設や旅具検査場、並びに電信電話設備や事務室が併設されました。1913年に第二期工事は完成しました。
こうして鉄桟橋は、外国航路の貨客船における日本の主要拠点となり、日本郵船・東洋汽船・大阪商船など日本海運業界の表玄関の一つとして利用され、外国海運業界の外国定期航路の拠点として活躍しましたーロッパ航路では英国P&O、北ドイツ・ロイド、フランス郵船、北米航路では米国太平洋郵船、カナダ太平洋汽船、アメリカンプレジデントラインズ等が定期航路を開設するようになりました
新港埠頭が完成すると、外国航路の一部を移譲しまいた。
新港埠頭4号岸壁は日本郵船の北米航路が使用し、9号岸壁は欧州航路が接岸する等鉄桟橋の負荷を緩和させました
鉄桟橋は外国籍船と日本郵船のシアトル航路が発着するようになりました。
新港埠頭4号岸壁からは、太平洋戦争後もシアトル航路に復帰した日本郵船の「氷川丸」が発着を続けました
氷川丸が1960年に最終航海を終了させるに伴い、新港埠頭の旅客業務も終了しました。
鉄桟橋(後の大桟橋)を含む横浜港からは生糸や茶が主要な輸出品であり、大日本帝国に大きな外貨獲得機会をもたらしました。生糸や茶貿易で大きく成長した横浜商社もあり。原三渓の歴史や、現在も観光名所である三渓園やシルクセンターに往事を偲ぶことができます。輸入品としては大豆、小麦、綿花、石炭等がありました。
実は『大さん橋』と『三渓園』は大きなつながりがあったのですね。なんか深いご縁を感じます。
【関東大震災による倒壊と復興】
1923年9月1日の関東大震災により大桟橋は崩壊しました。大桟橋には当時3隻の客船が接岸しており、カナダ太平洋汽船の「初代エンプレス・オブ・オーストラリア」の船長サミュエル・ロビンソンが当時の救出活動や罹災状況につき詳細な記録を残しています。
ロビンソンは被災者の船上への救出活動などで活躍し、紅綬褒章を受章したのを始め、各国でも救助活動を高く評価され勲章を与えられています。大桟橋の復旧は1923年10月から始まり、1925年9月には完成しました。1928年迄に2棟の上屋が建設され、チャータード銀行、香港上海銀行支店が開設され、帝国ホテル直営の桟橋レストランが開業しました。
この頃から海運競争力維持や国威高揚も兼ねて日本船籍の新鋭客船新造が相次いました。外国新造大型船も続々と入港するようになり、大桟橋は黄金期を迎え、多忙な桟橋となりました。チャーリー・チャップリンの来日も大桟橋から始まるなど、大桟橋を場とした国際旅客の乗下船による文化交流が最も盛んな時代であったといえます。一方では、昭和恐慌により疲弊した農村部からの南米移民が急増した時代でもあり、大桟橋は南米移民の日本出発の最終拠点として、周辺の移民宿と共に歴史に大きな軌跡を残していくことになります。
【太平洋戦争と連合国接収、接収解除】
太平洋戦争終結により大桟橋は連合国に接収され、サウスピアと改称された。降伏文書調印のために米国戦艦「ミズーリ」に向かった重光葵外相も大桟橋から小型船に乗船しています。連合国もGHQを当初置いたのも大桟橋に程近いホテルニューグランドであり、大桟橋が時代の節目で日本の歴史に深くかかわることが、横浜の開港以来の宿命を如実に表しています。
大桟橋は1952年2月15日に接収解除となり、北アメリカ定期航路にはアメリカンプレジデントラインの「プレジデント・ウィルソン」や「プレジデント・クリーブランド」、ヨーロッパ航路にはP&Oクルーズの「チューサン」、オリエントラインの「オロンセイ」などが就航。日本郵船の「氷川丸」がシアトル航路に復活するなど、第二の盛時を迎えました。
また日本人の移民船として「ぶらじる丸」、「あるぜんちな丸」等が就航し、1960年代初頭までの戦前に続く第二次南米移民ブームを支えました。
また後にソビエト連邦とのナホトカ定期航路も開設され、シベリア鉄道に乗継ぐことで、安価な旅費でのヨーロッパ渡航が注目されました。
この頃の「氷川丸」でフルブライト留学生として渡米した人々も少なくなく、また宝塚歌劇団の渡米にも利用された。1968年4月には、世界を1周クルーズ中のキュナード・ラインの「カロニア」が来航しました(同船は出帆時に、港口の白灯台を薙倒す事故を起こしました)。
【東京五輪から1970年代初頭】
1964年の東京五輪に合わせて3度目の大改修が行われました。
国際船客ターミナルとしての高機能化が図られ、2階建国際船客ターミナルが完成しました。
1階部分に税関・出入国管理・検疫施設を構え、2階部分に渡航旅客や歓送迎者用待合所や土産物店向け設備が整えられました。
自走式ボーディングブリッジにより、接岸船舶の高度差や位置に関わらず、ターミナルからの乗下船が容易になるなど、当時としては高い機能を備えていました。
1970年には貨客船寄港数が過去多くなりましたが、海外渡航の主力は空路になっていました。
大型旅客機ボーイング747就航による航空輸送力の増強や、海路旅行者の激減、1970年代初頭の石油危機による原油価格高騰により、外航貨客船航路は急速に衰退していきました。
1973年には、「あるぜんちな丸」の最終航海によって、1世紀に渡る海外移民航路が終焉しました。
一方1975年3月には、「クイーン・エリザベス2」が初入港し、空前の52万人の見物客で溢れ返りました。
以降、大桟橋に寄港する客船は、全てがクルーズ客船となり「ロイヤルバイキングスター」「キャンベラ」「ロッテルダム」が、主に横浜を寄港地とするようになりました。
特筆すべきは、旧ソ連極東船舶公社がナホトカ定期航路を持続運用し、1980年代全体を通して、横浜港を国際旅客定期航路保有の港としての威容を保っていました。
【1980年代から現在】
1980年代から、斜陽化する海運旅客事業を憂う声がある一方、クルーズ産業の興隆という新しいクルーズ客船の在り方が脚光を浴び始め、日本の経済成長に伴い、日本市場のクルーズ人口も拡大してきました。船舶の巨大化と、大桟橋そのものが設備更新時期を迎え、1989年から大桟橋改修事業が着手され、2002年に新たな大さん橋国際船客ターミナルが完成しました。
設計は、国際コンペ660件の応募から、アレハンドロ・ザエラ・ポロとファッシド・ムサヴィの設計が選定されました。
構造は地下1階地上2階建の鉄筋コンクリート造となっており、全床面積は44,000平方メートルとなっている。
1階は約400台の普通車に対応する駐車場、2階は出入国ロビーとしてインフォメーション・発券所・船客待合場所・店舗・レストラン・CIQ施設を備えています。
また 第1と第2ホールを備え、多目的に利用できるスペースを確保している。
A、Bバースは延長450m、水深12mを備え、C、Dバースは延長450m、水深10〜11mとなっており3万トンクラスの客船は4隻、より大きな客船は同時2隻着岸が可能となった。バリアフリー型渡船橋4基装備により、今後のクルーズ客船増加に対応できる埠頭として整備されました。
建物2Fや屋上床はブラジル産イペを使用したウッドデッキになっており、さらに天然芝の緑地を設けています。
接岸船舶からの眺望や周辺空間の眺望を遮らないことを考慮し、比較的低層構造となっている。2000年代から横浜市からも積極的な客船誘致を行い、2011年の年間客船入港数は全国港湾の中で9年連続の首位となりました。
大さん橋の稼働能力を活かすため、より一層のクルーズ客船寄港誘致を進め、港湾機能の維持拡大や港勢拡大を行い、乗船客および観光集客増に結び付け、地域経済の発展に寄与させることが課題となっています。
2017年1月には訪日クルーズ客の増加を見込み、国土交通省が官民連携により施設整備を行う「国際クルーズ拠点」の一つとして、横浜港の大さん橋と新港地区を選定しました。
大さん橋では郵船クルーズが旅客ターミナル内に待合ラウンジを整備する計画で、同社のクルーズ客船「飛鳥II」による岸壁の優先使用(15年〜20年間)が認められることとなしました。その後2019年4月12日より上級船室利用者向けの「アスカラウンジ」として開業しました。
【パナマックス問題】
クルーズ客船の寄港誘致が課題ですが、2000年代の超大型クルーズ船(海面上の高さ〈マスト高〉がパナマックスの高さ制限である57.91mクラス)が横浜ベイブリッジ下(主塔高175m・主塔上端から道路部まで120m=海面から道路部までの高さ約55m)のクリアランス(船が通過できる高さ)を達成できないため、大さん橋に着岸できない。
そのため、2009年と2010年の「クイーン・メリー2」の横浜港寄港では、旅客用の大さん橋ではなく、貨物埠頭である大黒埠頭に着岸しました。
しかし、本来は貨物埠頭の上、横浜市の中心部である中区から離れているため、横浜への滞在時間が短くなってしまう搭乗客からの不満から、キュナード・ラインは「クイーン・メリー2」の日本寄港地を大阪港に変更したため、横浜市民からはこれを憂う声が高まりました。
その後、キュナード・ラインは2014年に「クイーン・エリザベス」を寄港させ、干潮時に横浜ベイブリッジを通過することで、大さん橋への接岸を可能にしました。
横浜港における横浜ベイブリッジをくぐれない超大型クルーズ船問題の抜本的な解決策として、横浜市では横浜ベイブリッジ外側にある本牧埠頭や大黒埠頭の岸壁を超大型クルーズ船(海面上の高さ〈マスト高〉が55m以上の船)に対応した「客船ターミナル」として再整備する方針を示しており、さらに新港埠頭や山下埠頭にも客船ターミナルを整備することで、今後のクルーズ客船需要を取り込み、市内観光の活性化に繋げるための検討が進められています。
2017年からは大黒埠頭にて超大型船への対応を目的とした改良工事に着手し、CIQ施設など新設した上で2019年4月19日より運用を開始しました。
【横浜港大さん国際客船ターミナル】
横浜港大さん橋国際客船ターミナルは、横浜港で大型客船が複数同時着岸できる主要旅客ターミナルとして建設されました。
「クイーン・エリザベス2」クラスの客船が2隻同時着岸できます。
また3万トン以下クラスの客船であれば4隻同時着岸が可能であり、その規模は神戸港の新港第四突堤(神戸ポートターミナル)に次ぎます。
建物は、内部に柱・梁がなく、また階段が無くスロープやエレベータで昇り降りする非常に先取的構造となっています。
また、屋上はウッドデッキおよび芝生広場となっており、24時間自由に出入りできる、公園のような場所となっています。
大さん橋は海路からの出入国の場であり、横浜港や横浜税関を経由する旅客の出入国の場です。
現在でも外国航路に出るクルーズ客船に乗下船する際は、ここで通関や出入国手続きや手荷物検査を行います。
乗下船は基本的にはボーディング・ブリッジを使用してターミナルを経由して行うが、寄港するだけの場合はツアーバスを停めるスペースの関係上、タラップを使用しての岸壁経由となります。
大さん橋は国内離島航路もあり、伊豆諸島に向かう東海汽船の定期航路の発着場としても広く利用されています。
また時季によっては、伊豆諸島航路の帰路に便乗する形で、東京港の竹芝埠頭への夜景クルーズが利用できます。
一帯はみなとオアシスの登録をしていて、ターミナルはみなとオアシス横浜港の代表施設となっております。
【大さん橋ホール】
大さん橋ホールは、大さん橋の2Fの奥に位置する多目的ホールです。
相鉄企業・横浜港振興協会・相鉄エージェンシー共同事業体が管理・運営しています。
床面・壁面はウッドデッキ仕上げ、正面奥は強化ガラスウォールであり、横浜ベイブリッジ方面を望むことができます。
広さは約2,000m2であり、天井高は6.5〜7.5mあります。
マックスで1,200名の収容が可能であり、屋上フリースペースから連続した空間としての利用も可能です。
【新しい愛称「くじらのせなか」】
大さん橋屋上のフリースペースは、大型客船の入出港時等は多くの見物客で賑わい、今や横浜の一大観光スポットとなっていますが、このスペースをより親しみやすい場所に育てるべく、2006年に横浜市港湾局が愛称を一般から公募しました。
その結果、大さん橋全体を大きなクジラに見立てイメージされた「くじらのせなか」が選定され、同年12月に公式な愛称となりました。
「屋上広場の特徴をよく表し『海に浮かぶ雄大なくじら』をイメージさせます。
また、子供達に親しみやすく、わかりやすく、かつユニークである。 」という選定理由から上述の名称となった。
なお、この愛称を派生させる形で、大さん橋の室内部分が「くじらのおなか」と呼ばれるケースも生じており、例えばミニコンサート等のイベントが行われる場合、「くじらのおなかコンサート」といった言葉の用いられ方がなされています。
以上、大さん橋のご案内をさせて頂きました
大さん橋は100年以上の歴史を持ち、横浜の発展に深くかかわっている、横浜で注目のスポットですね
是非、横浜らしい心に残る撮影を華雅苑横浜店で実現させてください!!
華雅苑横浜店のプランはこちら
華雅苑横浜店のフォトギャラリーはコチラ
ご相談会予約はコチラ
撮影の空き状況のご確認はコチラ
お問い合わせはコチラ
資料請求はコチラ
華雅苑横浜店のトップページはコチラ